42話
薄暗い通路、静寂が醸す夜の香りに、澄んだ空気。
「これで雨と稲妻がありゃ、あの日にそっくりなんだが……」
二階の通路に下りた所で昇は足を止めた。
「……人払いの術、か?」
魔術は使えなくとも、それを知覚することはどうにか出来る。
「内なる流れよ、熱く昂ぶれ。眠れる血潮は我が力を覚醒せん」
自らを陶酔させる詠唱をもって『精神集中』し、『魔力』を起こす。詠唱に組み込まれた『魔術方程式』が、起こされた『魔力』に反応し、昇の体の内側から薄い光の膜が覆い始めた。
ポケットから手を取り出し、神経を研ぎ澄ませる。
昇が自身の力のみで使える魔術はいずれも肉体強化などの『自身の内側』に向ける類のもの。『刻印』のせいで、自身の力のみでは体外に力を放出する類のものは攻撃、探索、回復を問わず行使が不可能だからだ。
左手の手袋を外す。左手の掌と甲に刻まれていたのは複雑な紋様の、全く同じ型の傷。だがその傷は細く洗練された線で、とてもナイフや刃物で切り付けられたとは思えない。何かしらの形を明らかに象っている。それはよく魔術の行使において見られる五芒星。違うのは、頂点にあるべき角が手の甲の下にある、逆五芒星であるという点。そして、その周りに施されたいくつもの文字。
傷口が凶悪な赤い光を灯し、闇に浮かび上がる。足腰を落とし、警戒しながら昇は辺りを見渡す。
「特に変わった所は……」
タッ。些細な足音だった。自身の五感を強化していなければ聞き逃してしまうような小さな音。音源は、
「くっ!」
天井。上も見ずに、振り下ろされた斬撃を紙一重でかわす。頭髪が数本持っていかれたが傷はない。突然の急襲にバランスを崩したものの、距離を取るためにその勢いを駆って転がり、片腕を床に突いたまま即座に立ち上がろうとする。