58話
「んじゃあ」
俺達も帰りましょうか、と後ろを振り返ると、
「のわ!」
「……どうしたの?」
いつからそうしていたのだろう。彼女は底冷えするような眼差しを昇に向けつつ、背後に佇んでいた。ごほんごほん、とむせ返りながらも『何でもないっす』とどうにか昇は返す。
(……や、やりづらい)
会話がしにくい。まず、話すタイミングが取りづらい上に、感情の動きが全く読めない。しかも気配を悟らせずに後ろに立たれた日には背筋がひんやりとしてしまう。
外見は穏やかそうに見えるが、態度はまんま氷のような感じ(彫像っぽい顔立ちもそうだし)。かと思えば、司影や自分と普通(一拍遅れたあの返答を普通と称すなら)に話す。正直、どんな人なのかわからないというのが第一印象か。
とりあえず昇は目下の所、聞いておくべき事を尋ねる。
「でも、急がなくていいんすか? 次、授業でしょ?」
「……帰り方が、わからないわ」
……そうだった。転校生である彼女は、司影に誘拐されたも同然にこの場所に連れて来られたのだ。彼女自身の教室の位置などわかるはずもない。
彼女独特の一拍置いての返答に昇は、はあ、と息をついた。
次の数学はエスケープしようと思っていたのに、これでは出来ない。まさか『自分で帰れ』とも言えない。
本日何度目の溜息だろう。
重い息が、はぁぁぁあ、と一際強く緑に吸い込まれた。